大作「エデンの東」を読み終え、次の「ダブリン市民」も再読を終えました。

「エデンの東」の登場人物の一人、サミュエル・ハミルトンはアイルランドからの移民です。

「ダブリン市民」は、そのタイトルの通り、ダブリンの町と人々の生活を、愛・死・宗教・政治を通して描いた15の短編から成ります。

そして、次に再び読み返そうと思う‘BABYLON REVISITED/雨の朝パリに死す’の著者F・Scott・Fitzgeraldはアイルランドの血を引いています。

これらの作品を初めて読んだ十代の頃は、気付いていなかったのです。

自分が憧れてきたものの中に共通するアイルランドという国の存在

 

「エデンの東」の第24章2節に timshel という言葉が出てきます。

サミュエル・ハミルトンとトラスク家に仕えた広東人リーの会話の中です。

場面は台所、その会話を聞くアダム・トラスクの姿もあります。

物語の最後、病床の上でアダムは片手を挙げ timshel と呟き眠ります。

その timshel というヘブライ語についてのやりとりは、個人的にこの物語のハイライトだと思いました。

とても長くなりそうですが、誰かの心を打てば良いと思い、頑張って書き出してみようかと

 

 

先ずは、リーの声から

ところどころ割愛しますね

 

 

「あなたが『創世記』第4章の16の節を読んで聞かせて下さって、私たちがそのことについて議論したときのことを、あなたは覚えていらっしゃいますか?」

「覚えているとも。あれはずいぶん昔のことだったなぁ。」

「… ただ一カ所だけ、気にかかるところがあったんです。『欽定訳聖書』にはこうあるんです- それはエホバが、なぜ腹を立てているのかとカインに聞くところなんですがね。エホバはこう言うのです。『汝もし善きを行わば、挙ることをえざらんや。もし善きを行わずば、罪門口に伏す。彼は汝を慕い、汝は彼を治めん。』とね。私がハッとしたのは、この『汝は-せん』(Thou shalt)という言葉だったんですよ。というのは、これはカインが罪を征服することになるという一つの約束だったものですからね。」

「それなのにカインの子孫たちは必ずしもそうはしなかったというわけだね。」

「次に私は『アメリカ標準訳聖書』を一冊手に入れました。その訳ではここの箇所が違っていたんですよ。それには『汝、彼を治めよ』(Do thou rule over him)と訳されてあるんです。さてこれはたいへんな違いです。これは約束ではなくて、命令なんですからね。… 一体元の作者の元の言葉は何という言葉だったのかしらと…」

「まさかおまえはヘブライ語を勉強したというんじゃあるまいな!」

「それはね、こんな偉大な物語を考えだすことができるような人間は、自分の言いたいことをはっきり弁えていたはずだし、そういう人間の書くものに混乱は決してあるはずがないと思われるからですよ。」

「おまえは『人間』というんだね。じゃ、おまえは、これが神さまのインキだらけの指で書かれた神聖な書物だとは考えないのかね?」

 

(リーはサンフランシスコにある一門の協会本部へ出かけ、高齢の老師に助けを求め、共に聖書について研究を始める。)

 

「二年経つと、私たちは、もうあの『創世記』第4章の16の節に手をつけてもいいと思うようになりました。老師たちもまた、これらの言葉-『汝-せん』という言葉と『汝-せよ』という言葉をたいへん重要なものだと考えていましたよ。そして私たちが掘り当てた黄金はと言えば、それは『汝-することあるべし』(Thou mayest)ということだったのです。『汝は彼を治むることあるべし』なんですよ。老師たちは微笑んで頷き、年月が無駄に費されなかったことを感じられたものでした。」

「これは途方もない話だわい。そして私はおまえの話についていこうとしていたんだが、どうやらどこかで道を見失ってしまったようだよ。どうしてこの言葉がそんなに大切なのかね?」

「お分かりになりませんかね?『アメリカ標準訳聖書』は罪を支配するように人間に命令しているんですよ。そしてこの場合、罪とは無知ということに他ならないんです。一方『欽定訳聖書』の方は、『汝-せん』という言葉の中に一つの約束をしているわけで、つまり人間はきっと罪を支配するようになると言っているんです。しかし、ヘブライ語の timshel という言葉は- 『汝-することあるべし』という言葉は-これは選択の権利を与える言葉なんですよ。これは世界中で一番大切な言葉かもしれませんね。これは道が開かれているということを言っているんです。つまり、その責任をまっすぐ人間に投げ返しているんですよ。なぜなら、もし『汝-することあるべし』ならば-また『汝-せざることあるべし』ということも同様に真実なんですからね。お分かりになりますか?」

「うん、分かるよ。分かるともさ。しかし、おまえはこれが神の掟だということを信じてはいないんだね。なぜおまえはその言葉の重要さを感じるのかね?」

「ああ!」とリーが言った。

「長い間私はこのことをあなたにお話したいと思っていたんですよ。私はあなたの質問を予期してさえいましたし、準備は十分に整えていますよ。どんな書きものでも、無数の人々の思考や生活を支配してきたものは重要なものです。ところで『汝-せよ』という命令を感じて、服従ということを重要視する宗派や教会に属する人は無数にいます。そしてまた『汝-せん』という言葉の中に神の予定を感じとる人はさらに数えきれないほどいるんです。彼らが何をやっても、未来にこうなるということの邪魔には決してならないというわけなんですよ。しかし『汝-することあるべし』ということは!いやこれは、人間を偉大にし、神々に比肩するような背丈を人間に与えるものですよ。なぜなら、人間は、その弱さやその汚しさやその兄弟殺しの中にあってさえも、なお選択する偉大な権利を持っているからです。人間は自分の道を選び、その道を戦い抜いて勝利を占めることができるんです。」

リーの声は歌うような勝利の調子を帯びていた。

「… 人間とはたいへん大切なものだ-おそらく星よりももっと大切なものだということを感じるんですよ。これは神学ではありません。私には神々を信じる気持ちはありません。しかし、私は人間の魂というあの輝かしい道具に対する新しい愛を持っています。人間の魂は、この宇宙の中で他に比べられるもののない、美しいものなんですよ。それはいつも攻撃されていますが、決して破壊されることはありません。なぜなら『汝-することあるべし』だからです。」

 

 

 

TVではなく書物を

これは、コンティニュームが伝えるべき大切なメッセージだという気がしてきた。

 

STINGがゲール語を混じえて歌う‘Mo Ghile Mear’を

 

 

 

 

 

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