マーティン・スコセッシ監督の映画 ”NO DIRECTION HOME” のエンディング・シーンです。

ノーベル文学賞の受賞が決定したものの、ディランは未だ公の場には姿を見せず、ノーベル財団も本人に連絡が取れない状況が続いているようだ。

先日、ある記事を読み、なるほどな!と思ったので、ここで、その記事を要約してみようと思う。

1966年5月17日

ロックの歴史が変わった決定的瞬間

聴衆の一人:   「Judas! ユダ!- (裏切者)」

ディラン:   「I don’t believe you. おまえらなんか信じない。」

「You’re a liar! おまえらは嘘つきだ!」

プロテスト・シンガー、フォーク・シンガーとしてディランを聴いてきたファンからの罵声を浴びるところから、この詩は詠んでいかれる。

その聴衆はクリスチャンだろう。

ノーベルと言えば、ダイナマイトの発明によって財を成した人物。

世界を影で操るユダヤ人財閥ロスチャイルド家との関係が深いと言われる。

ノーベル賞の選考委員、関連事業の多くはロスチャイルド一族が占めている。

全世界人口の0.25%のユダヤ人が受賞者の20%に達していることからも、ノーベル賞=ロスチャイルド貢献賞であることは事実のようだ。

ホロコーストの記憶も生々しい1966年。

ユダヤ人であったディランは、どんな気持ちでステージに立っていたのだろう?

1978年、彼は洗礼を受け、クリスチャンに改宗している。

 

”Play it fuckin’ loud! やかましく演奏しよう!”

このディランの掛け声で、この日の ”Like A Rolling Stone” は詠まれていく。

彼が何度、この詩を詠んだのかは知らないけれど、この日ほど言葉のひとつひとつが力強かったことはなさそうだ。

 

そして、たった今

ディランの公式HPから「ノーベル文学賞受賞」の文言が削除されたと伝わってきた。

 

むかし あんたは いい服を着て

わかかったとき 乞食に銭をほぉってやったね

みんないっていた「気をつけろ落ちるぞ」と

でも みんなでからかっているだけだ とおもっていたろう

よく わらいものにしたね

うろついているやつらを

いま あんたは大声でしゃべらない

いま あんたはじまんもしない

つぎの食事を どうやってごまかすかについて

どんな気がする

どんな気がする

うちがないことは

ぜんぜん知られぬことは

ころがる石のようなことは

 

先日、泊りにきた彼の話。

急な坂を登って頂を目指せば落ちるリスクも相当。

他人を蹴落としたり踏みつけたりしたお支払はしないとなって話だろう。

緩やかな坂道でも、同じ高さの頂は目指せる。

ただ時間がかかるだけ。

日々、毎日、今が最も高い場所に立っているのだと感じることが大切。

 

How does it feel with no direction home?

どんな気がする?

かえりみちのないことは

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